学ぶ意識が少ない子供たち

日本は高度経済成長の中で、教育を含めて効率性を最優先する発想が重視され、仕事をしている人たちは“会社人間”となり、子どもの受験や進学を最重要視してきました。
その一方で、教育の大半はほぼ学校に任せきりにしてきました。
このことは、学校内の価値が受験や進学を基準に序列化されることにより、子どもたちの生活を学校に一元化してきたことでもある。

また、偏差値に象徴される受験体制や文部科学省の中央集権的な教育行政ともあいまって、教育の画一化や過度の“詰め込み教育”が進んでしまいました。
こうした反省にたって、個性や自発性を尊重した多様な保育・教育も行われてきてはいますが、真の個性を伸ばしていくための、子どもの成長度合いや個性に合わせた対応はまだまだ不十分な状態であります。
一方、大学を頂点としている受験競争は、義務教育段階を含めた学校教育や子どもの成長への歪みをもたらしており、何を学ぶのかという目的もないまま入学してしまうケースも多く見られるのが現状です。
また、子どもたちは物質的に満たされている一方で、将来の夢や目標が描けないなど、学ぶ意欲や主体性が欠如した子どもが増加しているのも現状です。
ゆとり教育や完全学校5日制は、それまでの“詰め込み教育”の反省の上にたって、子どもたちにゆとりを取り戻し、主体的に学ぶ力を培い、地域が一体となって教育に取り組むという理念を持っています。
しかし、こうした理念にもとづいて、教育内容の厳選や教育内容の質を高めるという視点からの議論が不十分なまま、いま、新学習指導要領に対する“学力低下論”の声が大きくなってきています。
こうしたなかで、学習指導要領を「最低基準」として定義し直すとともに、補充的な授業や宿題等を推奨するなど、文部科学省の姿勢も変化しているなかで、保護者の不安が増幅され、学校現場では、とまどいや混乱も生じているのです。